東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)126号 判決 1980年11月12日
原告
シーメンス・アクチエンゲゼルシヤフト
被告
特許庁長官
上記当事者間の審決取消請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。
主文
特許庁が昭和53年補正審判第100号事件について昭和54年3月29日にした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第1当事者の求める裁判
原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第2当事者の主張
(原告)
請求原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「地絡監視装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、1973年4月9日ドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和49年4月9日特許出願をしたところ、昭和52年10月31日付で拒絶理由の通知を受けたので、昭和53年3月20日、意見書と共に手続補正書を提出した(以下「本件補正」という。)。ところが、特許庁は、昭和53年5月19日付で上記本件補正を却下する旨の決定をしたので、原告は、同年9月22日上記決定を不服として審判を請求した。この請求は昭和53年補正審判第100号事件として審理されたが、昭和54年3月29日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月11日原告に送達された。なお、出訴のための附加期間を3か月と定められた。
2 本願発明の特許請求の範囲の記載
(1) 特許出願当初(本件補正前)
電気機械、特に外部磁極形励磁機を備えたブラシレス同期発電機の回転子の地絡を監視するための装置において、回転する機械部分に、回転子の補助電圧源から給電される低周波交流用の発振器を設け、この発振器の出力電圧を機械の絶縁抵抗を含む電流回路に供給し、その際絶縁抵抗を流れる有効又は無効電流量を絶縁抵抗に対する尺度として、電気的結合要素を介して回転する機械部分から固定された判定回路に伝達することを特徴とする地絡監視装置。(別紙図面参照)
(2) 本件補正後(一部分は補正個所を示す。)
電気機械、特に外部磁極形励磁機を備えたブラシレス同期発電機の回転子の地絡を監視するための装置において、回転する機械部分に設けられ、回転子の補助電源から給電される低周波交流用の発振器と、この発振器の出力電圧を機械の絶縁抵抗を含む電流回路に供給することにより得られる絶縁抵抗を流れる有効又は無効電流量を絶縁抵抗に対する尺度として検出し、前記電流量に対応した出力電圧を生ずる検出手段と、この検出手段の出力電圧を入力とする電圧周波数変換器と、この電圧周波数変換器の出力信号を入力とし、回転する機械部分から固定された機械部分への信号伝達を行なう電気的結合要素と、固定された機械部分に設けられ、前記電気的結合要素を介して伝達されてくる信号の周波数に基づいて地絡の判定を行なう判定装置とからなることを特徴とする地絡監視装置。
3 審決の理由の要点
本件補正後の特許請求の範囲に記載されている「信号の周波数に基づいて地絡の判定を行なう判定装置」なる事項は、特許出願当初の明細書又は図面に記載されておらず、かつ、これらの記載から自明の事項とも認められない。したがつて、かかる事項を本願発明の構成に欠くことができない事項とすることは明細書の要旨を変更するものと認める。よつて、本件補正は、特許法第53条第1項の規定により却下すべきである。
4 審決の取消事由
審決は、本件補正が特許出願当初の明細書の要旨を変更するものであるとしているが、この判断は誤りである。以下に詳述する。
本願発明は、絶縁抵抗の大きさを判定装置において連続的に監視することにより、地絡監視を行なうものである(出願当初の明細書及び図面、甲第1号証)。
そして、本願発明の出願当初の明細書(第4頁16行~20行)には、「絶縁抵抗の大きさ(又は制限値以下の大きさ)を連続的に求めるために、測定抵抗Mにおける電圧降下が役立ち、これは増幅器V1を介して電圧周波数変換器SFUに導かれ、その出力周波数が絶縁抵抗に対する尺度を形成する。」と記載され、その図面には、電圧周波数変換器SFUの出力は、限界値発信器GW(必要に応じて設ける。)、変圧器Kだけを介して判定装置AWに入力されることが示されている。
ところで、発電機の場合においては、その回転数はほぼ一定であるとみることができるのである。
したがつて、判定装置AWには、電圧周波数変換器SFUの出力周波数の変化に対応して周波数が変化する特性を有する信号が入力されるのである。
他方、地絡監視のための判定装置AWが絶縁抵抗の大きさを判定する機能を有するものであることは、本願発明の目的に照して明らかであるから、上述の、判定装置AWへの入力信号の特性と前述の、「その出力周波数が絶縁抵抗に対する尺度を形成する。」との記載からすれば、判定装置AWが入力信号の周波数に基づいて地絡の判定を行なうものであることも明らかである。
もつとも、上記明細書には、判定装置AWに設けられたFSUをも電圧周波数変換器と記載しているが、これは周波数電圧変換器を電圧周波数変換器と誤記したものであつて、これが誤記であることは、図面に示された各構成要素の相互関係をみれば自ら明らかである。
このように、周波数電圧変換器FSUが用いられている以上、本願発明の当初の明細書又は図面に記載された発明が、「信号の周波数に基づいて地絡の判定を行う判定装置」なる事項を記載していることは明らかであるから、これと異なる審決の判断は誤りである。
被告の主張に対する反論
被告は、その主張の作用効果(甲第4号証第3頁7行~16行)が出願当初の明細書又は図面には何ら記載も示唆もされていない、と主張する。しかしながら、
(1) その中の「周波数にて地絡の判定を行なうようにした」ことは、出願当初の明細書(甲第1号証)第4頁19行~第5頁5行の記載に明白である。すなわち、絶縁抵抗に対する尺度を形成する出力周波数は、その尺度としての姿を変えることなしに、判定装置に伝達されるのである。したがつて、判定装置AWには、絶縁抵抗に対する尺度を形成する周波数が導かれることが明らかであり、他方、絶縁抵抗と地絡との関係は、上記明細書第4頁11行~13行の記載に明らかであるから、上記の効果は、当初の明細書又は図面に明瞭に記載されている。
(2) 次に、「電気的結合素子の結合状態やノイズ等の影響を受けることが少なくなり、また、伝達される信号の電圧は任意に高めることができる。」のは、周波数を絶縁抵抗に対する尺度として利用し、かつ、周波数としての姿を変えることなしに判定装置まで伝達することに基づく、自明の事項である。なぜならば、電気的結合素子としての変圧器がその結合状態の如何に拘らず(実施例においては、一方の巻線が回転側に、他方の巻線が固定側におかれているため、当然、回転に伴なう結合状態の変動が予測される。)、周波数を正確に伝達することは容易に知りうるところであり、また、周波数がノイズ等に強いことは周知の事項だからである。更に、伝達すべきものは、周波数であるから、その周波数信号の電圧を任意に高めても、周波数としての姿を失わないことも自明の事項である。
(3) また、「地絡が生じていないときにも電圧周波数変換器SFUから所定の出力周波数を有する電圧が生ずるように感度を設定しておくことにより、地絡監視装置のうちの回転する機械部分側に設けられた部分の接続不良等の異常を周波数の変化から知ることができる。」との効果は、
(イ) 出願当初の明細書(第4頁11行~12行)には、「絶縁抵抗が高い場合には、測定抵抗Mを流れる電流が非常に小さいが…」との記載があり、これから、地絡が生じていないとき、すなわち、絶縁抵抗が高い場合であつても、測定抵抗Mを流れる電流は零ではなく、非常に小さいとはいえ、なにがしかの電流は流れるのであつて、これが増幅器V1を介して増幅されて電圧周波数変換器SFUに導かれるのであるから、なにがしかの出力周波数を有する電圧は出ることが知られ、
(ロ) 本件補正後の「地絡監視装置のうちの回転する機械部分側に設けられた部分の接続不良等の異常を周波数の変化から知ることができる。」というのは、なにも、回路の具体的な故障個所を判別するというのではなく、その文字通り「接続不良等の異常」、すなわち、「…等」に明示されるような包括的な異常を知ることができるというだけのものであり、
(ハ) 実施例の回路では、判定装置AWの前までの部分の接続不良等の異常を検出できるにすぎないことは、当業者であれば自明の事項であり、
(ニ) 本件補正後の「周波数の変化から知ることができる。」というのは、あくまでも「変化」にすぎないのであつて、接続不良が生ずれば、周波数信号そのものが判定装置に到来しないのであるから、その変化を検出すれば、判定装置の前までの回路部分に断線か短絡が生じたらしいということが判明するという程度のことにすぎない。
したがつて、発明の要旨を変更するという程のものではない。
(被告)
請求原因の認否と主張
1 請求原因1ないし同3の事実は認める。
2 同4の主張は争う。
本件補正後の発明が出願当初の明細書又は図面に記載されているか否かを判断するに当つては、当該発明の構成のみならず、その目的及び作用効果を総合的に比較検討して決すべきものである。
ところで、本件補正後の明細書(甲第4号証第3頁7行~16行)には、「このように、本発明によれば、周波数にて地絡の判定を行なうようにしたため、電気的結合素子の結合状態やノイズ等の影響を受けることが少なくなり、又、伝達される信号の電圧は任意に高めることができる。更に、地絡が生じていないときにも、電圧周波数変換器SFUから所定の出力周波数を有する電圧が生ずるように感度を設定しておくことにより、地絡監視装置のうちの回転する機械部分側に設けられた部分の接続不良等の異常を周波数の変化から知ることができる。」と、その作用効果が記載されているところ、かかる作用効果は、出願当初の明細書又は図面には何ら記載も示唆もされておらず、自明の事項でもない。
しかるに、原告は、この作用効果については何ら言及することなく、単に、出力周波数が絶縁抵抗に対する尺度を形成する旨の明細書の記載及び発明の目的に照して、判定装置AWが入力信号の周波数に基づいて地絡の判定を行なうものであることが明らかであるとし、明細書の要旨を変更するものではないと主張するのであつて、その主張は失当である。
もともと、電気回路において、その回路が正常に動作している場合と、その回路に事故が発生した場合とでは、測定される電気量は両者間で相違するという程度のことは誰でも容易に判ることであるが、その回路におけるどの個所の事故であるかは簡単には分らないことである。回路の事故個所とそれに対応した電気量との間における何らかの関係が判然としている場合に、はじめて、その当該回路の電気量を測定して、それに対応した事故個所が分るのである。したがつて、このような対応関係が何ら記載されていない出願当初の明細書から、前記のように、これらの間の関係を明らかにしようとする本件補正は、そのための構成がたとえ出願当初の明細書又は図面に記載されていたとしても、実質的に発明の内容を変更するものである。
なお、原告は、出願当初の明細書中の「電圧周波数変換器」の語が誤記である旨主張しているが、出願当初の明細書又は図面の記載によれば、その発明の判定機能としてはアナログ方式でもデジタル方式でもよい、すなわち、電気的に判定できればよいという程度のものと解される。そして、FSUが当初の明細書記載のとおりに「電圧周波数変換器」であつても、(V2とFSUとの間及びFSUとSPとの間に適当な変換器があれば)、その明細書又は図面に記載されている程度の判定機能は達成できると解せられるから、上記主張は当らない。
第3証拠関係
原告は、甲第1号証ないし第8号証を提出し、被告は、甲号各証の成立を認めた。
理由
1 請求原因1ないし同3の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで、原告の主張する審判取消事由の存否について検討する。
(1) (構成について)
原告は、本件補正後の「信号の周波数に基づいて地絡の判定を行なう判定装置」は、特許出願当初の明細書又は図面に記載された事項に含まれているから、これを否定する審判は誤りである、と主張する。
成立に争いのない甲第1号証によれば、本願発明の特許出願当初の明細書又は図面においては、
① その発明が、電気機械の回転子の地絡監視装置に関するものであり、回転する機械部分に、回転子の補助電圧源から給電される低周波交流用発振器を設け、この発振器の出力電圧を機械の絶縁抵抗を含む電流回路に供給し、その際、絶縁抵抗を流れる有効又は無効電流量を絶縁抵抗に対する尺度として、電気的結合要素を介して回転する機械部分から固定された判定装置に伝達するようにしたものである旨記載されており(特許請求範囲の項)、
② その図面に示された実施例についても、前記の絶縁抵抗を流れる電流量を検出する手段として、先ず、測定抵抗Mを用い、それによつて、絶縁抵抗が高い場合には、測定抵抗Mを流れる電流が非常に小さいが、地絡を生ずるや否やこの電流が大きくなるようにされており(第4頁11行~13行)、
③ また、上記絶縁抵抗の大きさを連続的に求めるために、測定抵抗Mにおける電圧降下を利用し、これは増幅器V1を介して電圧周波数変換器SFUに導かれ、その出力周波数が絶縁抵抗に対する尺度を形成し(第4頁16行~20行)、電圧周波数変換器SFUの出力は、(場合によつては、限界値発信器GW及び)電気的結合素子、例えば、一方の巻線が回転側に、他方の巻線が固定側におかれた変圧器Kを介して、固定された判定装置AWに伝達される(第4頁20行~第5頁5行)との記載があることが認められ、
④ そして、この場合、発電機の回転数は、一定であるとみなすことができるから、
⑤ 本願発明の出願当初の明細書又は図面に記載された上記発明の判定装置AWには、電圧周波数変換器SFUの出力周波数の変化に対応して周波数が変化する特性を有する信号、換言すれば、前記絶縁抵抗の大きさあるいは地絡状態に対応して周波数が変化する特性を有する信号、が入力されるものと認められる。
もつとも、前記明細書(第5頁5行~6行)においては、判定装置AWに設けられたFSUを「電圧周波数変換器」と記載しているが、前述のように、判定装置AWの入力側(したがつて、FSUの入力側)には、電圧周波数変換器SFUの出力周波数の変化に対応して周波数が変化する特性を有する信号が入力するものと認められ、他方、上記明細書(前掲甲第1号証)によれば、FSUの後にアナログ値レジスタSPが接続されていることが認められるのであるから、これによれば、上記「電圧周波数変換器」との記載は、「周波数電圧変換器」とすべきところを誤記したものと認めるのが相当である。
そうすると、出願当初の明細書又は図面に記載された発明における判定装置AWは、電圧周波数変換器SFUの出力周波数の変化に対応して周波数が変化する特性を有する信号に応動して絶縁抵抗の大きさあるいは地絡状態の判定を行なうのであるから、「信号の周波数に基づいて地絡の判定を行なう判定装置」は、原告が主張するように、上記明細書又は図面に記載された事項に含まれていると解することができる。
(2) (作用効果について)
原告は、被告の指摘する作用効果は、本願発明の出願当初の明細書又は図面に示唆されているか、ないしは、自明の事項であると主張する。
① 本願発明の特許出願当初の明細書又は図面に、本願発明が「周波数にて地絡の判定を行なうようにした」ものである旨の事項が含まれていると解しうることは、前記(1)の項に上逆したとおりである。
② 次に、「電気的結合素子の結合状態やノイズ等の影響を受けることが少なくなり、また、伝達される信号の電圧は任意に高めることができる。」効果についてみるに、前記のとおり、出願当初の明細書又は図面に記載された発明においては、地絡状態に対応して周波数が変化する特性を有する信号を判定装置まで伝達するようにしているのである。そうすれば、この場合、判定の要素となる周波数が、電気的結合素子としての変圧器の結合状態あるいはノイズ等の影響をあまり受けないことは当然に考えられることであり、また、伝達すべき情報が周波数であることからすれば、その信号の電圧レベル自体は任意に高めることができることも自明のことであるから、結局、上記効果は自明の事項というべきである。
③ また、「地絡が生じていないときにも電圧周波数変換器SFUから所定の出力周波数を有する電圧が生ずるように感度を設定しておくことにより、地絡監視装置のうちの回転する機械部分側に設けられた部分の接続不良等の異常を周波数の変化から知ることができる。」効果についてみると、一般に、この種監視装置が正常に作動している場合と、その装置自体の回路に接続不良等の異常が発生した場合とにおいて、測定される電気量に相違が生ずるという程度のことは、常識的に考えられる自明のことである。
ところで、前掲甲第1号証によれば、出願当初の明細書(第4頁11行~12行)には、実施例の説明として、「絶縁抵抗が高い場合には、測定抵抗Mを流れる電流が非常に小さいが、…」と記載されていることが認められるから、これによれば、地絡を生じていない場合(絶縁抵抗が高い場合)であつても、回路が正常に作動しているときには、測定抵抗Mには、非常に小さいとはいえ、なにがしかの電流が流れるのであつて、これが増幅器V1で増幅されて、電圧周波数変換器SFUに導かれると、その出力側に所定の周波数を有する信号を生じ、この信号が判定装置AWに到来するものと解される。一方、判定装置AWの前までの回路部分において接続不良等の異常が発生した場合には、前記の周波数信号そのものが判定装置AWに到来しないと考えられるから、判定装置AWにおいては、当然、その到来信号の変化(周波数信号の変化)を検出することができると解せられる。
そうすれば、出願当初の明細書又は図面に記載された本願発明における判定装置が地絡状態の判定を行なうことを本来の目的とするものであることはいうまでもないが、同時に、上記監視装置自体に前記のような異常が発生した場合には、正常作動時において判定装置に到来する周波数信号が到来しなくなることから、当然、判定装置においてそのような異常の発生をも認識することができると考えられる。
そして、本件補正後の明細書に記載されているこの③の作用効果の意味するところは、その文言からみて、回路の具体的な故障個所を判別することまでをいうのではなく、単に、判定装置の前までの回路部分(主として、回転する機械部分側に設けられた部分)のどこかに生じた接続不良等の異常を、判定装置に到来する周波数信号の変化によつて知ることができるという程度のことを記載しただけのものと解せられるから、結局、この効果も、前示のように、出願当初の明細書又は図面に記載された本願発明の構成に基づいて当然生ずる効果を記載したにすぎないものというべきである。
そうすれば、被告が指摘する本件補正後の明細書に上記作用効果の記載があるからといつて、前記(1)の項の「信号の周波数に基づいて地絡の判定を行なう判定装置」の内容が、明細書の要旨を変更するものであるとするのは当らない。
3 以上のとおりであり、審決の取消を求める原告の主張は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(荒木秀一 藤井俊彦 清野寛甫)
<以下省略>